遺産相続フィナーレ(通夜葬儀)

こんにちは、こんばんは、良い人は天国に行き悪い人は地獄にいき普通の人は中国に行きます(by田上よしえ @爆笑オンエアバトル、やべ私は死んだら地獄か中国に行くのか...) キャリーです。

 

遺産相続について一旦最後のブログにします!明け透けに色々と書いてきましたが、遂にフィナーレです。備忘録的な意味合いも込め、故人の遺産と向き合い親戚や役場、銀行に法務局とのやり取りをまとめてきたので、最後は詳しく触れなかった通夜や葬儀やらについて書きたいと思います。

遺産相続①で書いた通り人が亡くなったら時間との勝負です。病院は亡くなった人を長く置いてはくれないので急いで葬儀社に連絡します。この時点で全く葬儀社と接点が無かったら絶対に大変ですし、家族や親戚への連絡やらATMに走ったり、通夜葬儀の予算や段取り決めやらで超てんてこ舞い。泣いて感傷に浸るのはまだ先ですよ!

九州から朝イチで駆け付けた母達と親族の一部と合流し、大叔母に線香を上げ悲しみを共有したら葬儀社と打ち合わせ。もう夕方です。夜中2時からフルスロットルの私殆ど寝てませんので(出た!寝てない自慢笑)、ただでさえ頓珍漢な発言が多いのに、もう息をするように失言や変な発言をしていたと思います。まあ、いつもの事か。

さて、翌日に通夜、明後日に葬儀、その翌日に火葬(火葬場って意外と混んでいたり友引で休みだったりなどで調整に手こずりました)に決まりました。通常、葬儀後には参列者に見送られて霊柩車に乗り火葬の流れですが、今回は家族葬にした事や葬儀を友引にした事(友引は友を引き込むと言われお祝い事の結婚式なら吉日ですが葬儀では避けるべき日なんです。しかし親族の都合や葬儀社&火葬場の都合上この日に。この日にしなかったら2日先に火葬が延びそこまでずっとドライアイスで大叔母を寝かせておく事になるので、それってどうなの?となったりもしました)で、火葬は葬儀後に一旦解散して翌日に改めて集まれる人で、というイレギュラーな流れになったのです。

少し話が逸れますが、私の知り合いに看護師が何人か居て、その方々との雑談の中で、病室で最期の瞬間にまだ遠方の家族や親族が来てないので心肺蘇生を続けて下さい!まだ死亡の診断をしないでください!みたいなのが中々にあるようです。つまり一番苦しんでいる本人をそのままに、最期の瞬間はみんなで!みたいな生きている側の都合で(言い方は悪いけど)ズルズルと先延ばしがあり、何だかなあとの事でした。確かに助かる見込が全く無くともどうにかしてあげたい気持ちも、最期はみんなで看取りたいのも凄く分かるのですが、早く楽にしてあげる(これも言い方が悪いけど)のも考慮すべき点だと感じました。加えて、普段お見舞いにも全く来てないし世話もしてない人ほど、最期だけは一目だけでも!と言う事があり、より複雑な気持ちを増幅させるようです。

これ凄く分かります。ありました私も。本当に病室に全く会いに来なかった&最期まで何もしなかったくせに(高齢者でも病人でも無かったのに)、最後の最後にしゃしゃり出て来て大女優並の号泣する姿。仕事が忙しかっただの色々あっただの、それは重々に分かりますがみんなそうです。その中で時間を割いて最期まで尽くして来たのだから。

という事で長く大叔母をこのままにする事より(これが言いたかったのですよ)、少しでも人が集まれる土日(金曜日の早朝に亡くなったので)に通夜葬儀をして、月曜に火葬で話がまとまりました。更にこれも前に触れたのですが葬儀をYouTubeで配信が出来るので、当日に来れない人達にはURLを送り一緒に送り出しましょうという段取りにしました。後で分かったのですが意外と再生されていました。

さて、予算ですよ予算!既に控室を借りてますが家族葬にしても葬儀場のホールを借りるので、みんなでその場で食事をして(因みに大叔母はみんなで楽しく食事をするのが大好きでお酒も好きでした)、花で周りを飾って、香典返しには何を入れて...などを話し合い、それを基に様々なプランと金額を葬儀社側が提示してくれます。最安値のプランで100万円を超えていたので、マジか高い!という本音がありました。最期だからケチるなよという言い分も、派手に見送ろうぜ!も分かります、だけど近所の方や友人(みんな超高齢者)は後から仮祭壇を自宅に作り呼ぶ事にしたし、最大で10数人の参列者数で執り行う家族葬なので、お金をかけるより心を込め送り出す事を選びました。司会は不要、棺などは質素になど一つ一つ項目や内容を査定しました。故人に配慮しつつ執り行う私達が気が済むように組み立てるのも大切です。やるのは私達ですから。あと葬儀社によって価格は色々、人生色々です。ある知り合いは家族葬を60万円くらいでやったとか(一体どこの葬儀社よ!)、人を沢山呼んだら200万円はザラとよく聞きます。ネットで検索したら平均119万円やら127万円やら出てきます。

https://www.resonabank.co.jp/kojin/column/shoukei/column_0003.html

https://www.osohshiki.jp/column/article/084/

北へ行くほど高くなる傾向にあるみたいです。ここに更に食事代や返礼代、お寺への支払が追加されます。お経や戒名代、永代供養代、納骨代やお墓代、法要代などなど。で総額は200万円は超えますとの事。まあそんなもんですよ、それくらいかかりましたよ。

さて、予算内容を固めたら実行あるのみです。写真や思い出の品をダッシュで大叔母宅に取りに行き揃え、更には遺影の写真を厳選(飛び切りに素敵な笑顔の写真を選びました、自信あり)、集まれる親族の目処を立て、母は親族代表挨拶をするので台本を作り、香典返しの文面も作成します。地元新聞社にお悔やみ欄の依頼を出し(マジで口座凍結5秒前...)葬儀社やお寺と段取りを詰めて自分達の身支度もするなど1日足らずで準備しました。この辺は葬儀社がやる事リストを下さるので、有難く参考にしながら進めます。金曜の夕方に諸々を決め翌日の夕方には通夜なので誰がやってもバッタバタですよ。ただ葬儀の担当者がもう仏様の様な方で、作業が非常に丁寧な上に全てにおいて配慮が行き届き、この方に私の葬儀も頼みたい!と思えるほどでした。強烈に感心したのは、百均で写真立てを10個ほど用意されていて『思い出の写真を拡大しますのでこれに入れて飾り付けて、葬儀後は自宅での仮祭壇の飾り付けにそのままお使い下さい。私からのプレゼントです』と言われた事!もうなんて出来る方でしょう、忙しいのにいつ用意したの?超有難い!という感じで、実際に仮祭壇を家に作った際にはこの写真立てが大活躍しました。こういう素敵な人の存在が悲しく寂しく不安な葬儀において切に大事だと思いました。

さて、瞬く間に通夜を迎えました。納棺師(映画でもっくんが演じた おくりびと)が早めに来て綺麗に化粧と衣装替えをしてくださり、親族も一緒に故人の身体を拭きました。この後は棺に入るので、ある意味で最後の触れ合いかもしれません。そう考えると泣けてきます。故人にも残された側にも気を配り段取り良く進む様子に立派なお仕事だなあと強く思いました。東日本大地震でもこの方々が活躍されたとNHKの特集で観ていたので尚更に。大叔母はとても喜んだと思います、なんてったって洋裁の仕事で生計を立てプライドを持って仕事に取り組んで来た人で、オシャレが大好きでしたからね。通夜は広い会場の一角にちょこんと親族が座った状態で厳かに進んで行きました。スライドショーの写真を見ながら、もうすぐ本当にお別れなんだなあと感傷に浸りました。お坊さんのお経やら法話も終わり、そのままみんなで食事をしてたら通夜はあっという間に終わりました。翌日は昼過ぎから葬儀です。

葬儀では通夜から親族が増え、内容自体は通夜と殆ど変わりませんが厳かに進みました。スライドショーを見ながら、あ!昨日見たやつだと思ったり、母の親族代表の挨拶は大丈夫か?と思ったり。火葬が翌日だからか悲しみが込み上げるのはその時の方だったので、葬儀の時の私はかなり落ち着きスンとしていました。非常に疲れていたので葬儀が終わり外で食事会を終えた後の記憶は全くありません。ただこの食事会で帰る親族も多いので、思い出話に加えて遺産の話やらをするのです。ここがスタートラインですよ!私が殆ど知らなかった親族の中から、あの人とあの人は長い付き合いになるなあとか現実的に親族達を把握します。(嫌な姪孫) この直後に母が葬儀者が用意した遺産相続の無料相談に行き爆走が始まりましたので大事ですよ。あと幸い親族達は私が独身な事とか、あんな事やこんな事を根掘り葉掘り聞いたりも無く(ただ興味がないだけなのかも笑)、まあこれはこれで助かりました。盆や年末年始、冠婚葬祭で身内が集まる=結婚や子どもの話、金の話で居心地は悪くなると相場は決まっていますから。私が子どもの頃は従兄弟が集まりキャッキャしたり親戚から小遣い貰ったりで嬉しいものでしたが、現実を知らないという事はなんと幸せな事だったのかと大人になり身に染みます。加えて参列者が高齢者ばっかりなので、病気や健康の話が中心になりました。みなさん後先がもう長くはないもの...。あと通夜の後の食事会、更に葬儀後の食事会と殆ど同じメンツでの食事会が続き、正直これはこれで疲れました。

そして翌日の午前中に火葬をしました。母と私と親族2人が来てくれました。火葬には何度か参加した事があるので流れは知ってます。最期の別れをして火葬する焼却炉のボタンは代表が押して、完全に燃え尽き骨になるまでの時間は食事をして待ち、最後にみんなで箸を使い遺骨を拾い骨壺に納めます。これが何とも言えない気持ちになります。実際に病室で御臨終の宣告をされた次に悲しく辛い気持ちになりました。もう形は失われて骨だけになるのですから完全に触る事は出来ませんし姿を見ることも出来ません。大叔母の本当の最期を見届け、おばちゃんが喜んでくれたらいいなあとか、先に亡くなった姉である私の祖母もしっかりと送り出した事を喜んでいたらいいなあと思いました。火葬まで都合を付けたこの4人が、これまで書いて来た遺産相続の中心となったメンバー(土地を引き継いでくれたAさん&母の兄弟)で、この先の全ての法要に関わったメンバーでもあります。私の中では心強い同志ですよ。ひとりじゃないって素敵なことね(天地真理)

という事で、その後は仮祭壇を作り近所の方や大叔母の友人を家に招き思い出話をしました。号泣してくれる方や私や母も知らなかった話をして下さる方も居ました。有難いですね。お茶を出したり香典返しを渡したりで大叔母が亡くなった日から1週間は生活の全てを葬儀関連に捧げました。そして法要に法要を重ね、同時に遺産相続の手続きを進め現在へと至るのです。振り返ると地域によって通夜葬儀の仕方に若干の違いがあるのも知りましたし、それは宗教や家毎でまた違うのでしょうね。通夜葬儀は見送りたい残された人からの感謝とエゴと思い遣りが入り混じる事だと強く感じたので、私も大叔母と同じ様に、更に言うと迷惑や面倒や忖度をさせたくないので、最低限の金額で実施可能な小さいお葬式(30万円くらいで出来るらしい)に家族と親友だけ呼んでくれたら充分だと改めて思いました。加えて海か山に散骨でもしてくれたら後が楽でいいなと。最近流行りの樹木葬も大歓迎。墓や納骨堂の場所を取るのも管理も大変だしね。


以上を以って遺産相続はフィナーレです。書きたい事をひたすら書いたので私は満足です!この経験を生かして両親兄弟を見送りたいものです。遺産相続も任せなさいよ!という感じ。では、次回からはまた内容をガラリと変えて書きます。それではまたね!教えたのよ!!

遺産相続⑤

こんにちは、こんばんは、尖った角に気を付けろぉ!キャリーです。

いよいよ凍結した大叔母の銀行口座からお金を下ろす話をします。ここまで長かった...。人が亡くなったら本当にやる事が沢山ですね。もうどんだけ立て替えてきた事か。


金融機関の窓口にて亡くなった親族の口座からお金を下ろしたいのですが...、と話をすると、相続ですね!という感じで、金融機関毎に専用の様式を渡されます。ある銀行からは払戻依頼書という書式を渡され、現在いくら口座にあるのかが明記されており、この依頼書に相続人全員の署名と実印を押す必要がありました。これと法定相続情報一覧(又は戸籍の束)、遺産分割協議書、印鑑証明が必要と言われ、私は自分で作った遺産分割協議書とこの払戻依頼書、他の銀行の様式などをセットにして相続人に郵送で回していきました。返送の際に印鑑証明をそれぞれ役場で貰って来て頂き、一緒に返送して貰う手筈です。金融機関にもよりますが印鑑証明は3ヶ月の有効期限にしているところがあり(ゆうちょは6ヶ月)、あまりゆっくりとはしていられません。又、私の母が代表相続人として一旦全額を受け取り、遺産分割協議書の額を各相続人に振り込んでいく形にしているのでやはり早く処理してしまいたいところ。

しかし、事件発生。全員の署名捺印が終わった依頼書に日付やら細々したものを記入していたら、何と私が大叔母の亡くなった日の日付で誤字を出しました。この馬鹿野郎!死ね!二重線を書いて訂正印を押せば大丈夫だろうと押して提出したところ、住所や名前は本人の訂正印だけでも大丈夫ですが、それ以外は相続人全員の訂正印が必要ですとの事。え?マジで。こんな日付の小さい欄に全員の印鑑を押すの?てかまた全員に回すの?全国バラバラに住んでいるのに?念の為にネットでも調べたらやはりそうでした、この手のやつは特に厳格でした。

終わった。死刑、消えたい、コロシテ...

 

日付一箇所ミスでやり直しです。しかし、この銀行から実は大叔母様には出資金もありまして、その相続にこちらの様式も追加で出してくださいと相続人全員の署名実印捺印がまたもや必要な別の様式を渡されました。おいおいマジか。結局は全員からの署名捺印がまだまだ必要だったのか。もし私のミスが無ければこの銀行に対して、勘弁してくださいよ!集めるの凄く大変なんだから!と強く出れたのですが、私も大きなミスをした立場。ああ悔しい...

再び相続人全員と連絡を取り合って理由を説明して、全員の印鑑を小さい欄に押すのは難しいので再度真っ新な払戻依頼書と出資金の払戻依頼書をセットにして郵送で集め直しました。ここまで頑張ってきた私の信頼ガタ落ちです多分。もうお金が下ろせたらどうでもいいやと半ばヤケ糞です。

という訳で更に日数を重ねて何とか提出できました。ヤッター!私がんばりました、有森裕子さん並に自分で自分を褒めたいです。だがしかしたかし、他に色々と方法はあって他の銀行はこれより多少簡素な方法で対応しました。銀行によっては、こういう方法もありますよー、といくつかの選択肢を提示してくれるんですね。まあそういう所ばかりではなく、こうしろとしか言わない所や対応に不慣れな方や明らかに面倒そうにこちらに分かりにくい説明をする所もあります。地銀は尚更に。そういう所に限って後から追加で依頼してくるんですよ。あと基本的にどこも手続きにかなりの時間はかかるので(2、3時間以上)、病院の待ち時間以上に忍耐力が必要です。まあ銀行もそうだからこれはお互い様ですかね、大金下ろされて嫌だろうし。ただ、これからやる人はしっかりと確認して、更に確認に確認を重ねて進めてくださいね。あと誤字には気をつけろぉ!誤字誤字誤字!

という訳で銀行からお金を下ろす話はこんな感じでした。役場に続き銀行恐怖症になりましたよ私。ゆうちょがいつもめちゃくちゃ親切だったのが非常に救いでした、郵便局だいすきー!


さあ次は何を書きましょうか。とりあえず事務的な事は一通り書いたので、この話題は一区切りとしようかな、と書きながら思い返してみました。NHK受信料や携帯や固定電話は止め、ガスも止め(電気水道は生かしています、お盆やら遺品整理や大掃除で必要なので)、病院代も施設代も葬儀費等々も納骨代も永代供養代も支払いました(墓ではなく納骨にしました) 年金の最後の受け取りも申請中で自治体から貰える葬儀費も申請し受け取りました。折角なので、次回に通夜や葬儀などの詳細に触れて遺産相続については締めたいと思います。遂に遺産相続完結編です!

では今回はこのへんにします、教えたのよ!!

 

遺産相続④

こんにちは、こんばんは、裏切り者ぉお!キャリーです。(このSATCネタ、分かってくれたら嬉しい)

さて、遺産相続について、法定相続情報一覧、遺産分割協議書ときて、今回は土地の登記申請について書きたいと思います。全くネタが尽きません、遺産相続がいかに長く険しく複雑な道のりか伝わるかと思います。

最近は戸建やマンションを持たない生き方(賃貸で一生を終える)も増えています。とは言え高齢者は家や土地を持っている人が大半で、亡くなった大叔母の家や土地を誰かが引き継がなくてはなりません。その為に登記申請を行う事になりました。遺産分割協議書を作成するにあたり、相続人の内の1人(この方が本当に素晴らしい人格者でAさんとします)が引き受けてくれる事になり、この旨を盛り込み、相続人のみんなに承諾されました。

そして、名義を大叔母からAさんに移す手続きを正に今やっているのですが、これまた人生色々ありました島倉千代子!まず、土地の名義を変える為に法務局に行き、所定の様式や記入例等を頂戴します。基本的に書き方までは地方法務局では教えてもらえず、提出の受付のみを行っている為、詳しくは県庁所在地にある法務局へ電話して尋ねる事になります。しかしたまに出先にも指南や相談に乗ってくださる専門家が来てくださるので、利用する事を強くお勧めします。なんてったって無料ですから。私、母と共にたまたま登記の提出に行った際に(なんてったってアイドルな姪孫なんで相続人の母の同行が必要)超運良く専門家が来ており色んな人からの相談を受けていました。これ幸いと提出予定の様式を見せたらビックリこきまろ。赤ペン先生並に修正があり、細かい指南を受けました。うそーん、頑張って作ったのよ。提出直前に分かって良かったけど。

更に大叔母の土地を登記するのがメインですが、実は私の住む母方の祖父母の空き家がまだ名義変更しておらず亡くなった祖父のままだったので、母名義に変える(前の前の記事で紹介しましたが祖父母の遺産は孫には渡せません)手続きも一緒にやっちゃおうとしてまして(行く行くは私のモノになります)、こっちの方は一段と修正が必要となりました。要は2件分がまだ申請途中な訳です。更に更に大叔母の方は遺産分割協議書が不備なく使えたのですが、祖父の遺産を引き継ぐ遺産分割協議書(わざわざこの為に作りましたよ、土地を母が取得するという文言を明記して、母と兄弟の実印まで押した一枚紙)に不備がありました。やめてぇ。大叔母宅の様に祖父母宅も土地がパズルのように3つに分かれており、その内の一番小さい土地の方の記載が抜けており、このままではそこは祖父の名義のままですとの事。くぅーーー、これも大叔母の土地のように非課税の土地で固定資産税の納付書に記載がありませんでした。やられた!

という事で、こっちの方は遺産分割協議書から作り直しです。まあ母とその兄弟だけの協議書なのと、兄弟の方はすぐに対応してくれるので、大叔母の方で無くて良かったと思ったり。やっぱり土地も非常に面倒ですね。あと土地だけでなく家屋(動産)も誰々が取得、という記載を遺産分割協議書に記載しておくのが登記では大切で、土地の上にある家やら物置やら何やらは基本的に土地とはまた別に名義があります。登記でググると分かりますが、どれもこれも土地と家屋両方の記載があります。更地なら別ですが。

これがめちゃくちゃ重要で、土地に漏れなく家屋も付いてくるので新築や立派な豪邸や歴史的価値のある家ならともかく、田舎の古い家は貰っても維持や処分に必ず困ります。軽井沢の別荘みたいな使い方をしたいなら別ですが、それは軽井沢にあるから価値がある訳で。私みたいにまだ先がだいぶある人が賃貸借りるより空き家になった祖父母宅に住めて色々な費用が浮いてラッキーみたいなのは少数で、大体が更地にすると固定資産税が最大で6倍、そうでなくとも3〜4倍には膨れ上がり壊すに壊せない状況になります。決心して壊すのにも解体費に数百万は必要です。加えて田舎の古い家を売りに出しても買う人が居るのかって話ですよ、周り空き家や売物件の看板だらけだし。

空き家バンクに登録する(自治体等に委ねる)のも手ですが、実は空き家バンクには審査があり、名義を適正な人に変更した上で家の補修等を施す必要があります。まあ登録したからと言って貰ってくれる人が現れる確率がちょっぴり上がるくらいです。

余談ですが、前のブログで事件があったとチラッと書いたのですが、大叔母の家で水道管から水漏れがありました。水道管が悲鳴を上げるくらい年季の入った家なんです。検針で家の水が漏れてるのが発覚し、水道代が大変な事になってますと役場から連絡があり、え!いくら!?と尋ねたら8万円。8万円!ちょっと電気代高騰の今でもそんな金額いかないし、一軒家の水道代がそんなに高額って聞いた事ありません。(ニュースで学校のプールの水が出しっぱなしで数百万は聞いた事がありますが) とりあえず8万円を払った上で(出費ばっかりよ)、業者を呼び修理しました。(よくポストに入ってる薄いペラペラの検針の紙の重要性を知りました)幸い地面に埋まった水道管なので減免措置を受けられました。しかし役場は始めしぶりました、というか中々に不親切でした。業者がよく調べてくれて減免いけますよと丁寧に対応してくれ、その方のお陰で大半のお金は後から戻ってきました。いやもう役場よ!それでも修理はするわ(2回)、減免措置の手続きはするわで何やかんやで凄く疲れました。もう役場恐怖症です。姪孫ですから尚更に。

という事で古い家を引き継ぐというのはリスクばかりなのです(これが言いたかった!) このリスクをAさんは引き継いでくれるのです、もう頭が上がりません。要は登記すりゃ良いって話ではなく、まあしないといけないんだけど、するにあたってよく考え無いといけないという事です。一応、大叔母の家を取り壊す際には私も戦力として家の中のモノを処分したり大掃除したりする予定です。何か金目のモノが見つからないかなあ(最低)

という事で、もうすぐで登記は完了するのですが登記後が本番という感じです。Aさんは暫く固定資産税を支払う事も承知の上で本当に申し訳ないです。みなさんも家を立てたら壊す事までよく考えておきましょう。教えたのよ!

では、次はいよいよ立て替えた葬儀代などを取り戻す、凍結した銀行からお金を下ろすまでの話です。ここに来るまで長かった。もう少しで遺産相続の話も終わりなので、良ければ読んでね!世界中のお母さん達に乾杯!(これもSATCネタです)

遺産相続③

こんにちは、こんばんは、

卵爆弾よー!キャリーです。


前回は法定相続情報一覧についての色々を紹介しましたので、今回は遺産分割協議書について色々書きます。色々咲き乱れていますが許してくださいね。

さて、遺産分割協議書ですが、これも亡くなった人の銀行等からお金を下ろす際に必要になります。(一応これを使わない下ろし方もあります、詳しくは銀行、相続でググってね!似た様な事が書いてあります) また土地の事についても登記の際に必要にもなりますので、相続の際に協議書は作る事になると思います。


例えば、

Aは次の遺産を相続する。

土地○○、建物△△

Bは次の遺産を相続する。

株式●●、自動車◎◎

Cは次の遺産を相続する。

腕時計××、絵画□□

A、B、Cはそれぞれ現金▲▲万円ずつ取得する。

▽▽銀行▼▼支店⚪︎⚪︎万円

※※銀行※※支店◉◉万円

みたいな感じで、判明している資産とその詳細、誰が貰うか、どれくらいずつ分けるか(基本的な相続割合は法で決まっています、親からの相続は兄弟で割りますし、夫や妻なら配偶者は1/2で子どもは残りを人数で割るなど)をつらつらと、一枚の用紙に書き連ねます。手書きでもワードでもエクセルでも良いです。沢山の土地や価値のあるもの、複数の銀行預金や株式などあれば凄いボリュームになると思いますが、私の場合は土地と建物、数カ所の預金だけなのでシンプルでした。

また現時点では知らなかっただけで、実は意外な資産が後から分かったなどもあると思うので、後に判明した資産は都度協議するなどの文言を加えておきます。というか遺産分割協議書でググったら色んな例があるので見た方が早いです。だから色々、島倉千代子なんです!雛形もネットにあるけど書き方は千差万別で要は相続人が揉めない様に明記すれば良いみたいです。

これを作成したら、相続人全員が署名し実印を押す欄を加えて、ドンドン回していきます。一同に会すれば話は早いのですが、私の場合はみんな高齢者で遠方にバラバラに住んでいたのと、めちゃくちゃ大きな額や土地ではなかったので郵送で済みました。というか一同に会すればそれこそ揉めるだろうし。

ただ些細なハプニングはいくつかあり、色んな雛形を参考に(昔に親戚の作った物のコピーも見ながら)私が作成したのですが、家は一つなのに土地がいくつかに分かれていたり(パズルじゃないんだから!笑)、固定資産税が掛かる掛からないやら、相続人の中でやべー誤字っちゃった!とか(大事な書類に限ってあるよね、実印で訂正印を押せばOK)、清算する金額盛り過ぎじゃね?と突っ込まれないかとか(領収書やら根拠はあるのよ!)、相続人の誰かが何か言い出さないかとか。というか銀行や法務局からこれ作り直してくださいと全員の実印を押した後に言われないかとか。なんせプロじゃないですから私。

というかですよ、自分の遺産が一体どれだけあるのか。どれだけの人がしっかりと正確に把握しているのでしょうか。銀行預金だけでも口座を作りすぎるのは考えものだなあとか、クレジットカードもそうですし、車やら腕時計や指輪などの宝飾品は勿論、土地に株に家そのものにetc。沢山の資産がある事はその人が頑張って稼いで手に入れた物やら代々受け継いだものであるので立派な事だけど、人生の最期が近づいたら整理するなりリスト化するなり、ある程度解るようにしておかないと残された人が大変だなあとか思ったりしました。

あればあるほど相続人の間で揉めるだろうし、相続税もかかるし(3,600万円を超えると課税されます)、このあたり難しいですね。

実は大叔母の資産を洗い出しながら、実家の現状を親に確認しました。借金はある?預金額は?家や土地はどうする考え?とか。まだもう少し先だからか、少々はぐらかされたりもありますが、でも人は急に亡くなるものです。世の中には絶対などありませんから!

遺産分割協議書、もしくは自分の資産についてちょっと考えてみても良いかもしれません。もっというと遺言書を作るかどうかや、エンディングノート!これは作って絶対に損は無いはずです。というか私作り始めてます。死んだらどうして欲しい、誰を葬儀に呼びたいか、その他に大事な連絡先や資産や感謝の言葉など。私の祖母はその辺がしっかり作ってあって、葬儀の際に誰を呼び、その連絡先や住所を含め明記し列挙してあったので割りかしスムーズでした。大事な書類(登記簿謄本や預金通帳やら)はまとめてありました。更には遺影にはこの写真を!まで決めていました。ついでに細かい日記やら。元気だった祖母は癌で急に亡くなったので本当ならあたふたするところ非常に助けられました。やべー私が死んだら変な写真になるわーとか、口座って今いくつあったっけ?とか、記帳してないやつあるわーとか心配になりました、というか心配です、大した額では決してなくても。


補足ですが、協議書を作る際に実印を押すので、その実印の証明に印鑑証明が必要です。戸籍の話ばっかりした前回に続き、次は印鑑証明ですよ。更に土地の適正な価値や広さを明らかにする為に土地の固定資産税証明書なども役場で取りました。一応、毎年の固定資産税の支払に使う通知書でも分かるのですが、パズルのように分かれた土地の一部が非課税の土地で、これは通知書に記載が無かったのです。あぁややこしい!私は何回も母と役場に通ったので役場にとって厄介な人認定は確実ですが、これからの方は上手くやってね、教えたのよ!

今回は遺産分割協議書について紹介しましたが、本当はもっと突っ込んで書きたいところ、書き方が難しいのでこんな感じでフワッとに留めます。あまりに詳しく書いて身バレしたら私は親族から吊し上げです。では次は土地の登記について書きたいと思います。価値の無い田舎の土地でも亡くなった人の名義のまま放っておいたら固定資産税はかかるわ、維持費光熱費はかかるわ、放火や火災になんやかんやありますので。実際ありました、事件が!空き家問題は現在の日本で深刻な問題ですしね。

それでは、教えたのよ!!またね。

遺産相続②

こんにちは、こんばんは!キャリーです。


遺産相続について、前回はなぜ遺産相続をするに至ったのかなどの前提となる話を長々と書きましたが、前回の最後で『法定相続情報一覧』について触れましたので、これについて紹介します。


これは被相続人(亡くなった人、遺産を相続したい人)の情報(生年月日や住所、本籍など)と相続人(相続する権利がある人) 全員の情報(同)を一枚紙にまとめた一覧となります。


法務局で作る事ができ、これがあれば銀行で亡くなった人のお金を下ろしたり、土地や家の登記を変えたり(相続人の誰かに持ち主を変える)が出来ます。

勿論これだけがあれば出来る訳ではなく、これと他にそれぞれ必要な様式がありますが、とりあえずこれも必要で、これがどう大事か一言で言うと...


亡くなった人や相続人の戸籍の束を様々な窓口で提出する手間が省けます。これ一枚で。

だから水戸黄門の印籠みたいなのです。


相続に関する手続きでは、亡くなった人の生まれてから死ぬまでの全ての戸籍が必要です。普段の日常生活の中で住民票や印鑑証明くらいの一枚紙しか目にしないので、生まれてから死ぬまでってどんだけー!と思いますよね。


更に途中で県外に引越したり、結婚や離婚をしたり、本籍を移したりなどで、1ヶ所の役場で全て揃わない事も多々あります。(東京で生まれ北海道で結婚し大阪で最期を過ごしたなら3カ所から取り寄せるみたいな感じ)

更に相続人の戸籍も必要で、複数の役場から郵送なり何なりで集める必要があるのです。ああ面倒。


ただ、これを作るにも結局は該当する人全員(亡くなった人の生まれてから死ぬまでやその親の代や相続人全員)の戸籍が必要なので、要は結局物凄く面倒です。だから司法書士などに頼むのです。彼らは必要な役場から集める権限があり加えて慣れてますから。


そこにきて私は、前回触れた様に姪孫(てっそん)なので役場の窓口に行って大叔母の戸籍をくださいと申し出ても、あなたには出せません!で終わりです。実際に言われました。とほほ(死後じゃなかった死語) 私の祖父母や親、兄弟以外の親戚の戸籍も勿論、私では貰えません。

私の母なら姪なので貰えますが、母は九州。更にコロナ感染やら癌の手術やら色々あり中々動きづらい状況でした。私がやらなくて誰がやる!状態です。


そのため、母と連携し郵便小為替を入れ郵送で全国の該当する役場から戸籍を取り寄せ、それを私の元に集め、大叔母の住む県の法務局に提出する事にしました。これが中々お金も手間もかかり、又知らない内に引越しやら何やらしていて、○○さんの戸籍は次は××役場に続くみたいな。


もう少し他の人と分担すれば少しは楽ですが、他の相続人も私の母と同じ高齢者が多く、更に亡くなった相続人(例えば大叔母の兄弟)についても亡くなっている証明としてやはり死ぬまでの戸籍一式が必要になったり、更にその人に子どもが居れば私の母のように(本来は大叔母の姉である私の祖母に相続権がありましたが亡くなったのでその子どもである私の母へ)相続権が移り新たな相続人になりますので、ややこしく引継ぎや共有が面倒なのです。この次の世代に相続権が移る事を代襲相続と言い、姪や甥までは相続権が続くのです。もう複雑過ぎてcomplicated(アヴリルビーンの名曲)


因みに、私の母には兄弟がおり、この場合は私の祖母が相続する筈の割合を更に半分ずつに母達で分ける必要があり、そんな感じで遺産は細かく細かく分かれていきます。親戚が多いとこういう時、中々に厄介です。更に面倒も見てなかったくせに遺産相続の時だけしゃしゃり出て権利を主張する、なんて事もよくある話です。

幸いウチの親戚にはそんな人はおらず、母がよく大叔母の面倒を見ていたのもみんな理解していました。要は遺産で揉めませんでした。これめちゃくちゃに重要な問題です。


とは言え何があるか分からないのが人生。今は揉めなくても後から数年後に...そうならない様に『遺産分割協議書』を作成します。遺産はこれだけあり、費用はこれだけかかり、誰に土地を渡し、誰にいくら分配するなどをまとめた紙です。相続人全員の署名と実印を持って有効になります。これも銀行などにも提出の必要がありますので、あらゆる意味で超重要な書類です。更に立て替えた経費は清算するので、大叔母に関する支払の全てのレシートや領収書を残し、ノートに貼り付けエクセル管理しました。親戚や他の相続人に何か小言を言われたら見せる為です。領収書!領収書!!領収書!!!


話が逸れましたが、とにかく必要な戸籍の束を私と母で集めエクセルで作った表と共に法務局へと提出し、数ヶ月かかりましたが完成しました。ヤッター!!(割愛し過ぎ) 法務局の担当者様、お世話になりました。

因みにこの戸籍を集める中で感じた事として、役場も本当に色々という事です。人生色々、島倉千代子です。対応が丁寧な所もあれば中々に渋い対応をする所(超重要な個人情報の戸籍だから、まあ分かりますが)などがあり、郵送で送り返して下さる日数にもバラつきがあります。親戚の中で相続人にあたる人の分の戸籍も必要なので、電話やLINEや郵送で必要な旨を各人に伝えて集めましたがこれまた色々。40代は色々、宇多田ヒカルです。親戚や祖父母達の代の戸籍を山程に見たので、正にファミリーヒストリーなのです。


さあ、法定相続情報一覧は無事に出来ましたので、これを持って銀行や郵便局のお金を下ろして清算して、更に土地の相続をしてやるぞぉおお!の前に、少し触れた遺産分割協議書も必要になるので、これについて次は書きたいと思います。協議書という名前からして、何か恐ろしいですよね。相続に関する言葉って難しい上に長いのよ全く。


では次に続く。教えたのよ!!

遺産相続①

こんにちは、こんばんは、キャリーです。

今回は遺産相続について書きたいと思います。長くなるのでいくつかに分け更新します。なぜ遺産相続かと言いますと、私の大叔母(祖母の妹)が最近に亡くなった事がきっかけです。

私、大叔母が亡くなった時に相当泣きました。母と私が何年もずっと会いに行って面倒を見ていた上に、最期を私がひとりで見届けたので。大叔母の住まいは関東某所。母は九州某所。私は訳あって大叔母の亡くなる少し前に大叔母宅近くの祖父母宅に引っ越してました。なお、祖父母は既に他界し空き家となった家です。

大叔母は痴呆が進んでいた為、家を一旦離れて近くの施設に入居していました。その為、それまでは母が九州から会いに行って、身の回りの世話や支払やら何やらをしていましたが、それを私が暫く代わりにやるつもりでした。


そんな施設に居た大叔母の調子が悪くなり、病院で少し入院する事になりました。検査の結果は肺炎でした。私が必要なものを揃え病院に行き大叔母と軽く話をして別れた数日後。容態が急変しました。夜中の2時に病院から電話があり、危険な状態なので至急来る様にと。母に電話で状況を伝え、お願い無事で居て...と何度も祈りながら、急いで車を走らせて病院に向かいました。しかし願いも叶わず、息を引き取りました。

病室では医師や看護師が私が来るまで、代わる代わる心肺蘇生をしてくれました。正直物凄い光景でした。ただずっと絶えずしてくださった事、有り難かったです。この時で、既に夜中の3時を過ぎていました。


人が亡くなる瞬間は何度か見てきました。でも一人で見送るのは初めてで、物凄く寂しくて、悲しかったのを覚えています。

私に心配蘇生を止める決断を委ねられたり(電話越しに母と泣きながら止める決断しました)、瞳孔を確認する様子を見て、御臨終ですを一人きりで聴き、動かなくなった大叔母をひとりで泣きながら撫でるなんて。堪えました。

大河ドラマ鎌倉殿の13人でもありましたが、人は最期、心臓が止まっても聴覚だけは機能しており声だけは届くようです。(小栗旬小池栄子の啜り泣きを聴きましたが)

私はありがとう○○おばちゃん、と何度も何度も耳元で伝えましたが、人の最期はやはり辛いものです。大切な人なら尚更に。

よくカツ丼をご馳走してくれて、会いに行けばいつも良くしてくれて、『あんたいい男だねー』なんて、おばあちゃんは私に言ってくれました。(お世辞でも嬉しいよね) おばちゃんと2人で話した事や過ごした時間が走馬灯の様に目に浮かびました。

ああ1人の一生が終わる瞬間に、私なんかより遥かに苦労し生きて来た人の命が尽きる瞬間に私は居るのだと強く感じました。でも、大叔母を一人で旅立たせずに済んだ。これだけは自分が近くに居て良かったなと。私なんかで本当に申し訳無いけど。最期は誰かに見送られたいよね、とか思ったり。

さて、亡くなった事実だけでも悲しく大変なのに、何と病院は長くは待ってくれません。すぐにベッドを空けてくださいとの事!えええ!!

ちょっとそんな今すぐに?!2、3時間なら待ってくださるとの事なので、家に連れて帰るか(遺体をですか!?)、葬儀場に運ぶか。通常は葬儀場との事(ですよね) 、大好きな人でも死んだら身体が傷んでいくだけですから。葬儀場を探さなくては!

母と電話し、幸い大叔母はある葬儀会社の会員に既に入り、積み立てがいくらかあったので(その事は母が把握してました)、葬儀場に運ぶ目処が速攻で立ちました。ちょっと安心。悲しみに打ちひしがれ、その上に夜中で頭が回って無い時に一人でアレコレ急に手配なんて到底無理でした。真夜中だろうが、人が亡くなったら誰かに助言を求める。これ超大事ですマジで。泣いてる場合じゃないから。

病院の皆さんが身体を綺麗に拭いてくれ丁寧に浴衣を着せてくれました。朝5時過ぎには葬儀場に大叔母を運べ、葬儀場の方がドライアイス処置を施し綺麗な布団に寝かせてくれました。エアコンの効いた部屋に大叔母とふたり。

これを死後2時間程度の内にひとりで出来ますかって話ですよ奥さん!

私は急いで九州から来る母達を迎える為に諸々の準備をしつつ、さあいよいよここから怒涛のあんな事やこんな事です。


さて、我々人間社会では人が死ぬと『相続』という問題が発生します。もっと言うと、様々なやらねばならぬ事とそれに伴う支払いがやって来ます。(葬儀場に運ぶだけでも既に色々ありましたが)

色々気にしないなら火葬で終わりだけど、大切な人なら尚更そうはいきませんよね。

通夜からの葬式。葬式って予算と相談しながら規模を決め、花や棺のランクに案内や故人の写真や食事に演出、香典返しetc、短時間で決める事が山程あって、マルチタスク能力が求められます。来られない方用にYouTube配信まであります!凄いぞ現在の葬式。


火葬後は自宅に仮祭壇を作り近所の方やすぐに来られない身内を招き、それから四十九日に初盆、一周忌などの法要。お墓の用意や納骨などの対応もあります。知り合いのお寺に頼んだりも必要でしょう。加えて、今回の様に亡くなる前に入院や手術をしたり施設等に入居していたら別途清算も必要です。

金金金!(大事な事は3回言うbyあまちゃん/鈴鹿ひろみ)悲しんでいる暇が無いというのは本当です。ぴえん。


という事で、遺産相続は私にとってタイムリーかつ重要な話題なのです。加えて死は誰しもが通る道なので...

読んでくれているそこのあなた!!

決して他人事ではないのよ、教えたのよ!!

私も次は親か兄弟か又は自分の番です。あなたの番です。

 

さて、大叔母の口座から諸々費用を下ろしたくとも、ご存知のとおり銀行口座は持ち主が亡くなると凍結します。相続手続き(又は然るべき処理)をせねば、基本ずっと下せません。然るべき処理も相続と同じような処理です。

要は残された側で当面の費用は支払うしかないのです。特に葬儀代。更に水道光熱費や携帯NHKなど公共料金の支払などもあります。口座引き落としも当然止まり葉書が沢山届きます。ぱおん。これらを支払ったり止めたりして相続できるお金で立替分を精算し、残りを相続していくのです。結構まとまった金額が必要です。よく役場に死亡届を出すと亡くなった人の口座は止まると思いますが...(私もそう思ってました)、実際は違います。大体が新聞のお悔やみ欄で知れ渡り止まる、又は銀行で多額の金を下ろす際、うっかりとバレてしまうなどがあるようです。私の場合は前者でした。

でも大叔母が住んでいた田舎の町では近所付き合いが盛んで、新聞のお悔やみ欄を使わないという選択肢はないのです。(母が写真を載せようと言いましたが普通写真まで載せるのは企業の社長や地元の名士くらいです...)、あとお悔やみ欄を毎日確認する為に地元新聞を取る人がいるとも初めて知りました。新聞って大事ね!というかバカバカバカ!クララの馬鹿!お悔やみ欄の前に凍結する前にATMに走れば良かった!でも亡くなったのが金曜日、葬儀は土日。ああオワタ。(実は母は既にそれを心配してました)

という事で、賢い人はATM等に走り当面の費用を至急下ろしましょう。大事な切実な問題ですので、決して不謹慎とは思いません。病院から直行ですよ、葬儀と同時進行です、なりふりは構ってはいけません。口を挟む奴が居たらあなたが大金立て替えてねと言ってやりましょう。更にいうと身内の死期が近づいたらカードの暗唱番号は共有しておき、カードや通帳は近くにある様にしましょう。

という訳で遺産相続の話です。清算清算清算

因みに大叔母には配偶者や子供がおりませんでした。実はこれが相続では非常に面倒なケースでした。親から子に又は夫から妻に(逆も然り)相続という簡単な話では無いのです。

なお大叔母は洋裁の仕事をしていた為、独り身でしたが経済的に自立した生活をしていた事もあり、遺産として複数銀行預金や家土地があります。全く有難いです。助かりました。

しかし亡くなった後に借金やローン、隠し子やら愛人やら。いきなり出てくるのは別に珍しくはないようです。そんな場合には、遺産の相続放棄という手段もあるのですが私には関係ないので触れません。

大叔母は厄介なモノは残さなかった事、貰えて嬉しいモノだけを残した事。本当に有難く素晴らしい事だと痛感しました。(ただ田舎の家や土地は...これは後述)

話は戻りますが、預金から諸々の費用を引く事が出来るので、そこから残ったものを、適切に相続権のある人(相続人)に分配していけます。これから話すのはそんな中でのアレコレです。


ここで普通は司法書士などに依頼して、相談して進めるのが普通だと思うのですが今回は司法書士に依頼せず、私が中心となり調べながらで進めていました。なぜなら時間がありましたので。(詳しくは突っ込まないでね!)

苦労と引き換えに色々と知ったのです。だから書きたいのです。更に家族や親族の知らなかった歴史に良いことや悪いこと、親戚付き合いなどなど。これはファミリーヒストリーですよ!NHKであの番組を作るのがいかに凄い事か。

さてさて、先程触れたように、今回の件は相続でもかなり複雑なケースで(配偶者や子供が居ないという点)、遺産相続というだけでも大変なのに更に大変な事を司法書士に頼らず進める素人の私。なんと無謀な事でしょう。(因みに依頼したら10~20万円が相場らしいよ)

しかも私の立場は姪の子。天気の子みたい。(母が大叔母の姪になります)私のこの立場を姪孫(てっそん)というらしく、この微妙な立場が今後足を引っ張ります。

詳しくはまた書きますが、孫や姪孫には相続の権利が在りません。おじいちゃんおばあちゃんの財産は、孫に渡す旨の遺言状がある、自分の親が既に亡くなっている場合を除き孫には渡らないのです。(びっくりでしょ?私はびっくりしました)

更に孫なら役場や銀行などで諸々手続きをする権利があるのですが、姪孫には委任状無しにはそれすらも出来ません。親族ですがそんなもんです。姪なら出来ますが母は九州です。何という事でしょう。

 

既に随分と長くなったので今回はここまで!!勿体ぶってごめんなさい。小出しにしたい訳でなく、この前提を踏まえた上で書きたかったのです。それに一つのブログの記事が長いと読んでいて疲れると思うのです。書いてる側もとっ散らかっるので。(既に散らかってますが)

次は掛かった費用を取り戻すべく、まずは相続手続きで非常に強力な力を発揮する『法定相続情報一覧』(戸籍を大量に集め法務局で作成する文書)を作る為に奮闘した話に触れますね。水戸黄門の印籠並みの最強の武器を。

では、またね!

映画 『幸せへのキセキ』 について

こんばんは、キャリーです。

今回は映画[幸せへのキセキ(原題We Bought a Zoo)]を紹介します。

 


素人が動物園を買って、再開演を目指す物語。

一言で言えばそんな映画です。

実話を元にしています。


映画『幸せへのキセキ』予告編

https://youtu.be/uZNer6Es6mk


(主な登場人物)

●ベンジャミン(マット・デイモン)

冒険好きなコラムニスト。

妻を病気で最近亡くす。

 

●ディラン

反抗期全開な息子。絵が得意。

 

●ロージー

幼い娘。本作のマスコット的存在。

 

●ケリー(スカーレット・ヨハンソン)

本作のヒロイン。

廃れた動物園の飼育係リーダー。

 

 

主人公のベンジャミンミーはシングルファザーとして2人の子育てと仕事の両立に悪戦苦闘。

反抗期の息子のいけずな態度に加えて、不慣れな女の子への対応もあって朝から非常にカオスです。

 

加えて、息子は学校で問題を起こすなど不運が重なります。更にベンジャミンは仕事も勢いで辞めてしまい、序盤から怒涛の展開です。


そんな中、ベンジャミンは娘を連れ新しい家を探しに行きます。理由は子ども達の環境を変え心機一転を図る為。

色々見た結果、気に入った家が見つかりますが何という事でしょう、その家は動物園が付いていました。悩みますが娘のロージーが非常に気に入ったので思い切って購入します。この辺りのシーンは娘が本当に良い味を出しています。


しかし、購入したものの動物園は閉鎖中。

元持ち主の資産とケリーをはじめとする数人の飼育員の善意で、辛うじて動物達は命を繋いでいる有様でした。

ベンジャミンは動物園の再開演を目指します。

 

さあ冒頭の始まりです...

が空回りに次ぐ空回り。素人ですから、やる気だけでは当然上手くは行きません。

更に動物が脱走したりケリーたち飼育係と対立したり息子の反抗も重なるなど、この辺は見ていて若干イライラします。


ここで印象深いのが、ケリーがベンジャミンに動物園を買った理由を尋ねるシーン。

 


ケリー)

こんな廃れた動物園をなぜ買うの?

 

ベンジャミン)

『いけない?(why not)』

 

 

果たして、無事に動物園を再開演する事は出来るのでしょうか?

 


この映画、廃れた動物園の再生をテーマにしていますが、実はもっと大切なテーマが存在しています。


これに気付くのは物語の中盤を過ぎたあたり。

病気で苦しむ虎のスパーへの対応を巡り、ベンジャミンとケリーが対立します。


少しでも長くスパーを生かしてあげたいベンジャミン。病気で妻を失った悲しみが多分に影響しています。

しかし、それが残酷で辛い事だと諭し安楽死を勧めるケリー。話は中々まとまりません。


そんな時に反抗期の息子ディランが絡みます。

観ていると明らかに分かるのですが、動物園を買う事も環境を変える事も息子はずっと反対でした。我慢してきた怒りが爆発します。

触発されてベンジャミンも息子への不満が爆発します。互いに罵り合う中で、息子の魂の叫びが炸裂。


『僕を助けて!!』


実は母親の死で一番心が不安定になっていたのは息子でした。だから凡ゆる事に苛立ち反抗していたのです。ただただ泣けます。


息子の本心を知ったベンジャミン。

翌朝2人はスパーの檻の前で座り込み語り合います。昨夜の罵り合いから一転、互いの良さを言い合う凄く素敵なシーンが続きます。

父親と息子が腹を割り話し合い互いを認め合う様子には心が熱くなります。いやあー映画って良いですねえ。

ベンジャミンはスパーの安楽死を決めます。

(スパーは泣いて良い)


そしてそんな2人を眺めるケリー。

これまた凄く良いシーンです。


ということで、もっと大切なテーマとは父親と息子の絆の再生です。これにはやられました。


そこからの展開はもう気持ち良いです。

資金が底をついたり、意地悪な調査官が点検に来たり、嵐が来たりしますが全て乗り切り無事に再開演となります。

 

調査官との攻防戦や再開演を待ち望んだ地元の方々のシーンなど終盤は特に見所たっぷりで、更に再開演の際の動物達が生き生きとした姿は見応えがあります。絵の得意な息子も大活躍しますし、亡くなった妻の意外な活躍まで描かれています。

是非フィナーレの気持ちの良いトントン拍子と圧倒的な映像美は見て頂きたい。


さて、ここで映画は終わりかと思いきや続きがあります。

 


ベンジャミンは息子と娘をある場所に連れて行きます。そこは妻と出会ったカフェでした。

幻として亡くなった妻が現れます。

涙を溜める息子のディラン。


ベンジャミンは妻(お母さん)とどうやって出会ったのか、何を話したのかを再現します。

 


ベンジャミン)

どうして、あなたのような素敵な人が、僕なんかと話してくれるんですか?


妻)

『いけない?(why not?)』

 

 

以上、映画[幸せへのキセキ]でした。


why not? 便利な素敵な言葉ですね。

最後に、この映画は劇伴も凄く素敵で、物語を幻想的かつ豊かに彩りますので、目と耳の両方で楽しめるのもお勧めしたいポイントです。

是非ご賞味あれ。